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<弁理士コラム>特定の化合物(成分)を含む医薬品等のクレームの書き方~自戒を込めて
筆者は学生時代に化学系、特に医薬品の候補となり得る化合物の有機合成を専門とする研究を行っていました。その経験に基づき、お客様から、医薬品等に関する発明の権利化についてご依頼いただくことがあります。今回は、その中で公知の化合物が特定の機能を発揮することに基づくクレームをどのように書くべきか、ということについて、自戒を込めてのコラムです。
医薬品に関する発明については、化合物自体は既に知られたものであっても、新たな機能を見出した場合には、その機能に関して権利化することができる場合があります。そのような発明について権利化が認められるためには、どのようにクレームを記載すべきなのでしょうか。
日本の特許・実用新案審査基準(以下、「審査基準」)では、医薬品等の化合物に関する発明について、機能・性質や特性、用途を用いてその物を特定しようとする記載をどのように審査するかが示されています。具体的には、審査基準の「第III部 特許要件 第4節 特定の表現を有する請求項等についての取り扱い」に以下のような説明があります。
[1.作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載がある場合の例]
例1:【請求項1】抗癌性を有する化合物X
請求項中に機能、特性等を用いて物を特定しようとする記載があったとしても、審査官は、その記載を、その物自体を意味しているものと認定します。例1のケースでは、抗癌性が特定の化合物Xの固有の性質であるとすると、「抗癌性を有する」という記載は、物(化合物X)を特定するのに役に立っていないことになるためです。したがって、化合物Xが抗癌性を有することが知られていたか否かにかかわらず、審査官は、例1の記載が「化合物X」そのものを意味しているものと認定することになっています。
そしてこの場合、仮に化合物Xが抗癌性を有することは出願前に知られていなかったとしても、化合物X自身が公知である場合には、「新規性に欠ける」として、請求項1は拒絶されます。
[2.物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合]
例2:【請求項1】殺虫剤用の化合物Z
例2のケースでは、審査官は、「殺虫用の化合物Z」という記載を、用途限定のない「化合物Z」そのものと認定します。「殺虫用の」という記載はその化合物の有用性を示しているにすぎないからです。
この場合も、請求項に係る発明の発明特定事項と、引用発明特定事項とが、用途限定以外の点で相違しない場合は、審査官は、両者を異なる発明であると判断しません。その結果、審査官は、請求項に係る発明は「新規性を有していない」と判断し、請求項1は拒絶されます。
審査基準の上記記載を見ると、新しい機能や用途を見出した既知化合物について、権利化することができないようにも見えます。では本当に権利化することができないのでしょうか?
実は、例2については、請求項が「化合物Zを主成分とする殺虫剤」と記載されていれば、「『殺虫用の』という記載はその化合物の有用性を示しているにすぎない」という認定はされない、と、審査基準に説明されています。すなわち、請求項で「化合物Zを主成分とする殺虫剤」と記載されている場合には、「化合物Z」についての発明ではなく「殺虫剤」の発明として認定されます。そして「化合物Z」について「殺虫剤」に用いることが新規である場合には、新規性ありと判断されます。
例1については、審査基準の「第III部 特許要件 第4節 特定の表現を有する請求項等についての取り扱い」項には同様の説明はありません。実は医薬発明については、審査基準とは別の「特許・実用新案審査ハンドブック」の附属書Bに、「特許・実用新案審査基準」の特定技術分野への適用例が記載されており、その中の「第3章 医薬発明」の項で、より詳しく説明されています。具体的には、医薬発明は「物の発明」として、以下のように請求項に記載することができると示されています。
例3:有効成分Aを含有することを特徴とする疾病Z治療剤。
例4:有効成分Bを含有することを特徴とする疾病Y治療用組成物。
例5:有効成分Cと有効成分Dとを組み合わせたことを特徴とする疾病W治療薬。
例6:有効成分Eを含有する注射剤、及び、有効成分Fを含有する経口剤とからなる疾病V治療用キット。
そしてこれらの例に倣うと、上述の例1は、「化合物Xを含有する○○癌治療剤」のように記載することで、新規性が認められる可能性があるといえます。
実務上、例1に記載したような書き方でクレームを書くことを強く希望されるお客様も実際におられました。化合物そのものの権利は強いから、という考えも理解できます。そこでそのケースでは、できる限りお客様の希望に添うよう、例1のように「○○疾患治療効果を有する化合物G」と記載するクレームを作りつつ、併せて「化合物Gを有効成分として含有する○○疾患治療薬」というクレームを作り、両方について審査を受ける、という作戦で出願を行いました(※化合物G自体は別出願で既に特許済)。結果としては、審査基準通り、例1のタイプのクレームについては「物として区別することができない」として新規性が否定されましたが、「化合物Gを有効成分として含有する○○疾患治療薬」と記載したクレームについては特許を受けることができました。
なお、上記案件には続きがあります。上記案件を外国移行する際に、日本の特許査定クレームと同様に「化合物Gを有効成分として含有する○○疾患治療薬」型のクレームを残し、「○○疾患治療効果を有する化合物G」を削除する自発補正を、移行する各国について一律に行いました。しかしながら、その後、欧州プラクティスでは、日本の審査基準とは異なり、「○○疾患の治療に用いるための化合物G」というクレーム形式が認められるということに気付き、自発補正の機会に再度補正を行いました。一つの明細書でどちらのタイプのクレームにも対応できる記載をしておく必要があることを痛感したとともに、今後も十分注意して明細書を書かなければ、と心した案件となりました。
上述した日本の審査基準の考え方は、機械、器具、物品、装置等には適用されることがありません。通常、その物と用途とが一体であるためです(審査基準第III部 特許要件 第4節 特定の表現を有する請求項等についての取り扱い 3. 物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合 3.1.3 3.1.1 や 3.1.2 の考え方が適用されない、又は通常適用されない場合 (2))。化学系案件を担当する者として、審査基準やハンドブックをしっかり読み込んで身につけるとともに、外国での扱いについても的確に対応できるよう努めてまいります。
※余談
情報科学技術協会発行の「情報の科学と技術」誌に、拙稿「欧州単一特許制度概説~制度開始から1年」が掲載されました。前回の河合担当コラム等と併せてお目通しいただけますと幸甚です。
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkg/74/9/74_352/_article/-char/ja
弁理士 河合 利恵